新板橋クリニック|ホロトロピック・センター

Vol.2「観点の外から見た人間」

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観点から健康を定義する

観点の外から観た人間(その1)

人間は、身体(物質)と心(みえない物質あるいはエネルギーあるいは物質でない「何か」)で、できています。そこで、身体と心があわさって、便宜上、コップのようだと想定します

観点の外から観た人間(図4)

コップの中には、どんなものがはいるのでしょうか?
たとえば、食べ物や飲み物です。見えるもの、観察できるもの、測定できるもの、つまりみえる物質が、コップにたまります。

食べ過ぎるとどうなりますか?アルコールを飲み過ぎるとどうなりますか?
コップからあふれます。そして、コップからあふれると症状がでるようになっています。嘔吐します。腹痛がおこります。下痢をします。

ほかにはどんなものがコップにたまるでしょうか?
それは、見えないもの、観察できないもの、測定できないものです。例えば、それは、感情と緊張です。

観点の外から観た人間(その2)

みんながコップのしくみをもっています。そして、コップから感情や緊張があふれると、電気のスイッチがはいるように症状がでてきます。

観点の外から観た人間(図5)

はじめは、あふれたときにスイッチがはいって症状がでます。コップにたまっている感情と緊張が減ってくるとスイッチが切れて、症状が消失します。
けれども、繰り返しているうちに、スイッチがはいりやすくなります。症状がでる頻度が増えてきます。そして、症状がでる場所も増えてきます。身体のあちこちに症状がでてきます。身体と心の両方にでてくることもあります。
そして、最後は、スイッチがきれなくなります。常にコップからあふれた状態で、スイッチが入りっぱなしになります。
だから、症状が消えなくなります。ずっと症状がでています。

そして、見えるものがなく、観察できるものがなく、測定できるもものがないのに、症状だけが顕現化した状態が、やがて、みえる物質として顕現化してきます。
みえるもの、観察できるもの、測定できるものとして、顕現化してきます。

コップからあふれた感情や緊張、そこから、症状が顕現化して、物質化した病気として固定するまでに、遺伝子が関与します。遺伝子が変異しないで、スイッチのオン・オフで、症状が出現、細胞の変化がおこった状態を「Epigenetics」といいます。遺伝子の配列自体が変化、変異して、症状が出現、細胞の変化がおこった状態を「Genetics」といいます。
どちらでも、みた限りは、同じようにみえます。現代医療では、区別がつきません。

そして、区別がつかないまま、しくみやメカニズムがわからないまま、現代医学では、顕現化してきた変化・症状に「病気」と名前をつけます。「〜症候群」「〜病」と名前をつけます。

観点の外から観た人間(図6)

観点の外から観た人間(その3)

感情や緊張がない人間はいますか?いないですね。
人間は、みんな、コップの中に感情や緊張をためています。増えたり、減ったりしながら、生活しています。そして、なにかの拍子に、感情や緊張がコップからあふれると、身体や心に症状が出現(顕現化)するしくみになっています。
みんなが持っているしくみです。これは、人間のしくみです。

例えば、感情や緊張がコップからあふれると……。頭痛、めまい、耳鳴り、肩こり、背中のこわばり、のどのつまり、胸が苦しい、息苦しい、胸の焼ける感じ、身体のあちこちが痛い、背中が痛い、胃が痛い、胃がはる、胃がつかえる、胃もたれ、腹痛、下痢、腰痛、じんましん、湿疹、アトピーなど、身体のどこにでも症状がでてきます。
あるいは、不眠、気持ちが落ち着かない、パニック、不安、心配症、食欲がなくなる、おちこむ、うつなどの症状が心にでてきます。

イメージしてください。
あなたの左の手のひらに、豆腐があります。感情と緊張の豆腐です。
そして、あなたは、ゆっくりと感情と緊張の豆腐をにぎりしめていきます。さらに、にぎりしめていきます。「ぎゅー」とにぎりしめます。すると、豆腐はつぶれます。そして、指と指の「間」から豆腐がでてきます。「ま(間)」を通って感情と緊張の豆腐がでてきます。
指の間からでてきた豆腐を、現代医学では、病気と名前をつけます。Aという名前、Bという名前をつけます。一見ちがう病気にみえます。なぜなら、でてくる場所も、症状も違うからです。
けれども、本当の原因は……。皆さんおわかりですね。本当の原因は、にぎりしめた感情と緊張の豆腐が原因です。

観点の外から観た人間(図7)

観点の外から観た人間(その4)

それでは、どうして、感情や緊張がうまれるのでしょうか?なぜ(WHY)、どんなしくみ(BY)なのでしょうか?その出発点はなんでしょうか?
それは、観点(基準点のこと)があるからです。

人間はみんな観点をもっています。自分(自分の脳)に観点があり、そして、自分の判断基準に観点があります。
そして、自分のアイデンティティに固定しています。「自分は〜だ」というアイデンティティに観点が固定しています。
固定した観点から比較して、できごと、他人、自分を判断・審判します。○と×をします。これは、脳の機能です。

脳の機能のやっかいなことは「恥部かゆい」(中泉盛行さんのブログから引用)

恥:違いだけをとる
部:部分だけをとる
か:過去の記憶とつなげてとる
ゆ:有限化してとる
い:いつもそう見てしまう〜、いつも思いこんでしまう〜

全体を観ることなく、主観的に、思い込みで、判断・審判して、○と×をします。考えが走る道があって、どんな情報が入ってきても、かならず、でるときは、○と×をします。この働きを認識といいます。
○あるいは×と認識すると、○の場合は好ましい(快)の感情がわいてきます。一方、×の場合は好ましくない(不快)感情がわいてきます。

認識と感情から、考えが生まれます。そして、考えから、表情・言動・行動がうまれます。
そして、表情・言動・行動から、新しい認識がうまれ、ぐるぐると印象・感情・行動の連鎖が生じます。
これをマインドームとよんでいます。人間はマインドームの中で生活しています。

観点の外から観た人間(図8)

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身体(からだ)だけが自分ではない

身体とは?

私たちは、「この身体が自分だ」と信じ込んでいます。なぜなら、目にみえるからです。観察できるからです。 けれどもそれは、本当でしょうか?
本当は、身体(からだ)を表とすると、表には、裏がおりこまれているのです。有の中に無から有が織り込まれているのです。それは、どういうことでしょうか?

人は誰でも、観点(基準点)をもっています。そして、観点に固定しています。人間に、自分に、脳に、そして判断基準に観点固定しています。

人は観点から、自分と自分以外を分離します。
そして、観点と比較して他人をみます。出来事をみます。あるいは自分自身をみます。
そして、○あるいは×をします。○や×をして認識します。
そして、自己のアイデンティティ(セルフイメージ)が固定化します。

アイデンティティが固定化すると、価値観や信念(ビリーフ)が生まれ、固定化します。
〜ねばならない
〜であるべき
〜してはならない

そして、価値観や信念から感情や考えがうまれます。
感情や考えから、人は能力をみにつけ、そして、行動します。
行動から生活習慣がうまれ、生活習慣から体内環境・血液環境がうまれます。
血液環境の中に細胞があり、細胞の集合体が身体です。身体は、血液の海に存在する魚のような存在です。

私たちは、血液の海の中に存在している身体という魚を、人間だと信じ込んでいるのです。けれども、本当は、観点から身体までが織り込まれたのが人間なのです。
本当の人間は、無から有までが織り込まれている、そして、身体は織り込まれた結果態であるということがわかると、病の姿も観えてきます。 病が観えると、病は自分が創り出していることも観えてきます。そして、病が消えるしくみも観えてきます。

観点の外から観た人間(図9)

本当の人間(図10)

注:外傷や感染症などの急性疾患はあてはまりません。慢性疾患とよばれる病や、不定愁訴、機能性疾患とよばれる病、大部分の心の病があてはまります。

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